第二次トランプ政権の是非に関して

先日高校三年生だった息子と外食していたら、世界史の先生と議論になった話を聞かされた。その理由を聞いてみると、逆に質問が来た。

「トランプ氏が大統領になってはいけないのでしょう?」と。そこでこのブログの初回は息子への返答を兼ねて、大統領選挙を前にもう一度、前回のトランプ政権の良し悪しを見直してみたいと思う。

経済政策

トランプ政権下の経済成長率については特に功績はなく、他の歴代大統領と概ね同様に維持していた。ただ特筆すべき点があったとすれば、2020年の新型コロナウィルスのパンデミックであった。この影響により、1960年以来2度しかない一人当たりGDPのマイナス成長(△2.44%)を記録し、GDPも5.06%の減少となった。

パンデミックをトランプ元大統領の責任とするものではないが、一方でその影響をもう少し抑えられたのではないかという責任を彼に問う必要はある。と言うのは、トランプ元大統領はコロナウィルスの危険性について報告され認識していたにも関わらず、「インフルエンザと同じようなもの」と軽視した発言をし、国民に対してこれらのメッセージによる誤った誘導をし、軽率な行動を誘引したからである。その影響により、 8,920万人の感染者と102万人の死亡者を出すという深刻な人道的かつ経済的ダメージをアメリカ合衆国は受けたのである。

今回の選挙では電気自動車の購買援助の廃止や環境政策を経済界に有利に変えるような発言はあるが、より具体的かつ包括的な経済指針は出されていない。

外交政策

トランプ候補は、2024年2月にNATO加盟国の首脳から「充分な

軍事費を負担していない加盟国がロシアからの攻撃を受けたとしても米国は防衛しないのか?」と聞かれ、「防衛しない。むしろロシアに対して望むようにするよう促す」と答えた。それほどに、NATO問題

については外交音痴ぶりを発揮している。今回の選挙活動でも、 2024年1月10日のサウスカロライナ選挙集会でバイデン大統領が「国内問題よりも外国への支援に多額の資金を投入している」と非難し、 2024年3月19日の英国GBニュースとのインタビューでも、改めて前月の発言を擁護した上で「彼等(バイデン陣営)がそれ(トランプ候補がNATO政策を非難したこと)を(選挙戦で)使っても気にしない。何故なら私の言っていることは交渉の一形態だからだ。米国が NATO(軍事費)の大部分を負担しているのに、なぜ大金を持っている国々を守らなければならないのか」と述べた。確かに2023年の NATO軍事費が合計1兆3,000億ドルの内、米国の負担は8,600億ドルと全体の66.2%を占めている。然しNATOへの軍事費支出はロシアがウクライナに侵攻した2023年には10%近く増額しており、これは同盟国である米国がロシアによる侵略からNATO諸国を守るという意味がある。ちなみにNATO諸国と米国の結びつきは経済的にも大きい。米国のNATO諸国との貿易額は、バランスでは△181,805.7百万ドルだが、NATO諸国への輸出額は770,865.8百万ドルとアメリカの全輸出額の37.33%を占める重要な市場でもある。これを簡単に切り捨てるような発言は、幾ら交渉上のブラフであったとしても余りにも外交センスが無い発言と言えよう。また現在の国際情勢を鑑みるとき、利敵行為と誹られるべき発言と言える。

一方トランプ元大統領は大統領選挙前に、それまで余りに宗教的にセンシティブな問題であることから誰も公式に触れて来なかったエルサレムの帰属について、イスラエルの首都であると電撃的に認め、在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに速やかに移動すると明示した。そしてトランプ大統領はエルサレムを直後に公式訪問し、ユダヤ教徒ではない大統領がキッパーを被って嘆きの壁に手をついた映像は非常に印象的だった。これは米国にとっての政治的な意味が無いことは明白で、大統領選挙で米国内ユダヤ人組織(米国ユダヤ人協会という正式な団体が存在)からの正式な応援を得たいが為の、個人的な理由による外交の行使であった疑いが強い。

国内政策

トランプ政権は、メキシコからの不法移民を取り締まるために「壁」を築くと表明し、10年間で180億ドル(約2兆7,000億円)の予算を必要とする計画を取りまとめたが、議会はこれを否決した。これに対し政権は国家非常事態宣言を発令し、軍事予算を壁建設費用に転用するように命令。国防省はその予算から36億ドル(約5,400億円)を壁建設に転用することを決定した。この反動の一つとして、グアムにある海兵隊基地の在日米軍基地への移転計画が、当初の2024年から2026年度へとずれ込むことになった。

政権がトランプ氏からバイデン氏に移った後の2023年10月、バイデン政権は壁が非正規移民を防ぐ効果はないとしつつも、トランプ政権時代に予算計上された部分の建設工事の再開を許可している。実際問題として180億ドルの資金があれば、経済や貧困層対策などの様々な国内政策が取れるはずだが、トランプ政権がビジュアルでの成果として示せる壁建設に拘ったのは、万里の長城を築いた紀元前214年の中国の人々と同じメンタリティなのかと思わせる。実際に壁が建設された地域では壁の下に穴を掘って通り抜けるなど、ボロボロと非正規移民が入ってきており、その取り締まりに追われているとの現実が米国のメディアでも報道されている。国民の為の優先順位という観点からは、国内政策も失敗だったと言えよう。

一方、前任者であるオバマ大統領が導入した健康保険制度、所謂オバマケアについては、トランプは大統領に就任するや否いや、選挙公約通り取りやめた。確かにアメリカの価値観として自分のことは自分で守るという考え方はあるが、バイデン氏が大統領となり、オバマケアのコンセプトをACC法(Affordable Care Act)として復活させたことで、無保険者の人口に占める割合は2019年の11.1%から、2023年第一四半期には過去最小の7.7%(米国保険福祉省)まで下がった。これは着実に国民の福祉が向上していることを意味し、オバマケアを廃止したトランプ前大統領の失策と言えるだろう。

また前述の通りコロナ対策についても、新型コロナウィルスの危険性について事前に知っていたにもかかわらず、「インフルエンザの方が危険だ」と言ってその危険性を低く捉えるように民衆を誘導した。これについてウォーターゲート事件で有名なボブ・ウッドワード記者は、2019年12月から2020年7月までの間にトランプ大統領(当時)を18回に渡りインタビューした。この中で2020年2月、トランプ大統領は「接触感染よりも厄介だ。感染するのに物を触る必要がないんだから・・・かなり油断ならないウィルスだ。最新の注意がすごく必要だ。それに、強力なインフルエンザさえ上回るほどに致命的だ。」と述べ、新型コロナウィルスの危険性を正確に理解していることを示した。それにも関わらず3月初旬の議会では「落ち着いて。新型ウィルスはそのうちなくなるから」などと発言。この後ホワイトハウスが国家非常事態宣言を発令してから数日後、トランプ大統領はウッドワード氏に対して「新型ウィルスについて過小評価したかった。今でもそうしたいと思っている。パニックを起こしたくないからね。」と述べている。これらの一連のトランプ氏による新型コロナウィルスの過小評価について、当時民主党候補であったジョー・バイデン前副大統領は、「致命的な病気が我が国で猛威を振るう中、(大統領は)自分の仕事をしなかった。意図的にだ。アメリカ国民に対する、生死に関わる裏切り行為だった。」とツイートした。とても内国政策や危機管理について、トランプ元大統領に及第点を与えることはできない。

結論

以上見てきた通り、トランプ氏が自らが再び大統領になりたいという気持ちは本当なのであろうが、実際になった時の外交政策や内国政策、経済政策、危機管理能力などを総合的に判断すると、合理的にはアメリカ国民がトランプ氏に投票するメリットは無く、また自己中心的な政策で振り回され、同盟国との間に隔絶が起きて利権を失うことになると想定される。

またトランプ氏には「深刻な人種差別意識」という、移民で成り立つアメリカ合衆国を代表する人物として最も不適切な側面を有する。彼の人種差別発言は古く、1973年にトランプ氏の不動産会社が

黒人に対して白人より不利な条件の取引しか応じず訴えられたり、 1991年にもトランプ氏のカジノホテルのカジノで、黒人と女性のカー

ドディーラーをテーブルに付けさせず罰金刑になったりした。彼の数多ある人種差別発言のうちごく一部だが以下にご紹介しよう。

・「あの男は怠け者だ。そしてそれはおそらく彼のせいでは無いだろう。黒人は生まれつき怠けものなんだ。本当だよ。俺はそう信じている。彼らが自分で変えられることじゃ無いんだ。」(1991年)

・不法移民は「米国の血を汚している。」(2023年12月

・刑事訴追されている自らの立場を米国で長らく差別や迫害を受けている黒人層と同一視する発言「黒人はこれまでひどく傷つけられ、差別されてきたので、それが理由で私のことを好きでいてくれる、と多くの人々が話した。彼ら(黒人)は自分が差別を受けているような視点で私を見ているのだ。」(2024年2月)

ファシズムに関する著作があるイエール大学のジェーソン・スタンレー教授はトランプ氏のこうした過激な発言について、「第二次世界大戦の独裁者ヒトラーの言い回しそのものです。トランプ氏が繰り返し使うのは危険だ」と指摘している ((c)Reuters, 2023)。 それでもトランプに投票しようという人はトランプ氏に何らかのイリュージョンを抱いているのだろうか。最後に決めるのはアメリカ国民である。バイデン政権の政策への批判から投票するには、第二次トランプ政権という選択肢はアメリカ人にとっても友好国の全てにとっても毒薬(毒するだけの薬剤)にしかならないのでは無いかと危惧する。それであれば別な劇薬(少なくとも治療効果を有する薬剤)を探すべきなのではないだろうか。

参考文献:Wall Street Journal, Washington Post, New York Times, Reuters, Bloomberg, The Economist, Macrotrends.net, NATO Public Diplomacy US Department of Defense, US Census, Division, US Department of Health & Human Services,

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